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大阪地方裁判所 昭和27年(行)13号 判決 1960年8月31日

原告 中筋徳一

被告 羽曳野市農業委員会・国

主文

一、被告羽曳野市農業委員会との間で、駒ケ谷村農業委員会が別紙物件表その一記載の各土地について昭和二七年二月九日に定めた宅地買収計画を取り消す。

二、被告国との間で、原告が別紙物件表その二記載の各土地について所有権を有することを確認する。

三、原告の被告国に対するその余の訴を却下する。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は「被告羽曳野市農業委員会との間で、駒ケ谷村農業委員会が別紙物件表その一の各宅地について昭和二七年二月九日に定めた買収計画を取り消す。被告国との間で別紙物件表その二の各土地が原告の所有であること、別紙物件表その一の各宅地についてなされた国の買収および国の売渡が無効であることを確認する被告国は別紙物件表その二の第二の土地について、昭和二六年五月一一日大阪法務局古市出張所受付第一、三八一号をもつてなされた、昭和二三年一〇月二日付自作農創設特別措置法第二九条の規定による売渡を原因とする、端山信道に対する所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「一、被告羽曳野市農業委員会の前身である駒ケ谷村農業委員会は原告所有の別紙物件表その一記載の各宅地(以下本件宅地あるいは各土地の肩書番号をもつて、第一、第二、第三の宅地というように適宣略称する)につき、昭和二七年二月九日自作農創設特別措地法第一五条に基づき宅地買収計画(第二三回買収計画)を定めた。原告はこれに対し同月一七日異議の申立をしたが同月二二日却下され、さらに同年三月三日大阪府農業委員会に訴願したがこれも同月二五日棄却された。そして同月同日、同委員会は右買収計画を承認し、その後原告には大阪府知事から買収令書の交付はないのに、被告等は本件宅地を買収したと主張し、また第二の宅地については請求の趣旨に記載のとおりの登記がなされている。

二、しかしながら本件買収計画は次に述べるような理由で違法であり取り消されるべきものである。

(一)  本件買収手続の行なわれる以前に、自創法の一部が土地台帳法の改正によつて失効し、従前の買収に代わるものとして自作農創設特別措置法および農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(昭和二五年九月一一日政令第二八八号)が公布、即日施行されているのに、自創法によつて買収計画を定めている。

(二)  本件買収計画については、自創法第一五条第一項所定の買収の申請が全くなかつたか、少なくとも同条所定の期間経過後になされたものである。

もつとも端山信道、仲村勇、吉村藤三郎の三名から昭和二四年一月六日に駒ケ谷村農地委員会(駒ケ谷村農業委員会のさらに前身)に本件宅地の買収申請がなされているけれども、右申請に基づいて同委員会が昭和二四年三月二日を買収期日として定めた買収計画およびこれに基づく買収処分は、昭和二七年二月五日に、買収の地域が不特定であるとの理由で適法に取り消されており、これに伴つて前記買収申請も効力を失つたものといわなければならない。したがつて従前の買収申請をもつて本件買収計画についての買収申請として取り扱うことは許されない。

(三)  本件各宅地は自創法第一五条第一項第二号の要件を具備しない。

(1)  右条項により買収の対象とされる宅地は、解放農地の売渡を受けた者が賃借権等による使用権限を有する宅地でなければならない。しかるに本件宅地については買収申請人はなんらの使用権限も有しない。

原告は、端山信道に大阪府南河内郡駒ケ谷村大字飛鳥八〇四番地、田三畝二〇歩(一一〇坪)(後に述べるように本件第一の宅地はこの土地の一部である)のうち三〇坪、第二の宅地四二坪、前同所八〇九番地の一、田六畝一六歩(一九六坪)(後に述べるように本件第三の宅地はこの土地の一部である)のうち二七坪三合、前同所八一〇番地の一、田二二歩(二二坪)を昭和一八年から地代年二等米一石六斗七合毎年末払の約定で、仲村勇に右八〇九番地の一のうち六八坪を昭和一六年から地代年二等米一石五斗七合六勺毎年末払の約定で、吉村藤三郎に右八〇四番地のうち五五坪、八〇九番地の一のうち三六坪を昭和一五年から地代年二等米一石一斗五升九合毎年末払の約定で、それぞれ賃貸し、各借主において右賃借地上にそれぞれ家屋を建築所有していた。ところが端山は昭和二一年一月一日以降、仲村および吉村は同二二年一月一日以降地代の支払をせず、原告の支払催告にも応じない(地代支払催告は遅滞後毎月各賃借人に対して行なつていたし、買収になつた後も、本訴提起後も常に催告している)ので、原告は地代不払を理由に、昭和二七年二月二五日に各賃借人に到達した内容証明郵便で前記各賃貸借契約を解除する旨意思表示をした。よつて端山等三名は同日限りで本件宅地の使用権限を失つたものである。

(2)  自創法第一五条によつて宅地を買収するには、同法の立法精神からいつて当該宅地が買収申請人の売渡を受けた解放農地に付属しているのでなければならない。ここにいう「付属する」とは、当該解放農地の農業経営上必要であることをいう。しかるに本件宅地はいずれも買収申請人等の解放を受けた農地に付属しないものである。

(四)  かりに右(三)の主張が認められないとしても、本件宅地の買収申請人はいずれも申請資格を欠如している。

(1)  吉村藤三郎は耕作面積田約七反、果樹畑約三反五畝の小規模な農業経営者であり、主として駒ケ谷村役場の吏員として得る収入(勤続一五、六年)で生計をたてゝいるし、主要食糧の配給を受けているくらいであつて、第二種兼業農家にあたり、農業に精進を続けて行く者とは認め難い。

(2)  端山信道は、耕作面積田約一反、畑約二反の小農であるから、他に主たる職業を求めなければならない境遇にある。それゆえ、農業に精進を続けて行く者とは認め難い。

(3)  仲村勇も端山と同様の小農で、右と同じ理由で専業農家とは認め難い。

(五)  宅地買収の対価は時価によるべきところ、本件宅地は近鉄南大阪線上の太子駅前に位置し、原告において一間以上も地上げをしたうえ周囲に石垣を築いた宅地で、時価は坪当り一万円以上であるのに右時価を全く参酌せず、これより著るしく低額の対価を定めている。

(六)  本件第一の宅地は大阪府南河内郡駒ケ谷村大字飛鳥八〇四番地、田三畝二〇歩(一一〇坪)の一部、第三の宅地は同所八〇九番地の一、田六畝一六歩(一九六坪)の一部であるが、これが右各一筆の土地のいかなる部分であるか、その範囲は全く特定されていないし、公簿上分筆もされていない。被告主張の別紙図面は本件買収計画当時は存在しなかつたものであるうえ、この図面によつてもなお範囲は特定しない。

三、以上のように本件買収計画は違法であつて取り消されるべきものであるから、この買収計画に基づいてなされた本件宅地に対する国の買収ならびに売渡も当然無効である。

さらに本件宅地に対する国の買収ならびに売渡は次の点においても当然無効である。

(一)  買収計画の違法事由として先に二、(一)に述べたように、すでに失効した自創法に基づいてなされている。

(二)  買収令書の交付も公告もない。

原告は大正一一年九月八日以来今日まで羽曳野市大字飛鳥八〇七番地に居住しており、このことは登記簿上にも記載されていて公知の事実であるのに原告に対して買収令書の交付がなかつた。宅地の買収ということは極めて重要なことであるから、買収令書を郵送する場合は書留郵便によりまた農地委員会の事務員等に送達せしめる場合には被買収者の受領印を徴すべきものであることは当然と考えられるのに、本件ではこのような証拠もないことからして買収令書が原告に交付されなかつたことは明らかである。またかりに公告があつたとしても右のように原告の住所または居所が容易に判明する状況にあつた以上、広告が交付に代わる効力を生ずるものではない。

(三)  対価の支払いもない。

四、右のように本件宅地に対する国の買収したがつて国の売渡がいずれも当然無効であるから、本件宅地は依然として原告の所有に属するものであり、そうするとまた、本件第二の宅地についての、請求の趣旨記載のとおりの国から端山信道への売渡を原因とする所有権移転登記は登記原因を欠く無効な登記というべきである。よつて請求の趣旨のとおりの判決を求める。」

被告等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「一、原告主張の一の事実中、大阪府知事が原告に買収令書を交付していないとの部分を除くその余の事実、同二、(二)の事実中、駒ケ谷村農地委員会の昭和二四年三月二日を買収期日とする買収計画およびこれに基づく買収処分(買収令書の交付)が昭和二七年二月五日に、原告主張のような理由で取り消された事実、同二、(三)、(1)の事実中、原告と買収申請人等との間の賃貸借契約の内容、原告主張のような賃貸借契約解除の通知があつた事実、同二、(六)の事実中第一、第三の各宅地がいずれも一筆の土地の一部である事実はいずれも認める。その余の事実は争う。

二、本件買収計画は適法である。

(一)  買収申請は適法になされている。端山信道、仲村勇および吉村藤三郎は昭和二四年一月六日に駒ケ谷村農地委員会に買収申請をしている(買収申請書は買受申込書と併せて一通になつている)。この買収申請は、後に買収計画が取り消されたからといつて効力を失うものではない。一旦適法になされた買収申請に基づいて樹立された本件買収計画は買収申請を欠くとして適法となるものではない。

(二)  本件宅地は端山等三名が原告から賃借する宅地で、それぞれ売渡を受けた解放農地による農業経営のために必要な宅地であり、右端山等三名は買収申請資格を有する。

(1)  端山等三名にはその責に帰すべき事由による地代の不払はないから、原告と右三名との間の各賃貸借契約の解除は無効であり、賃貸借契約関係は存続していた。すなわち端山は昭和二一年度までは地代を支払済であり、昭和二二年度分地代三〇〇円(地代は最初原告主張のような物納であつたが後に金納となつた)は一旦原告に支払つたが、翌年になつて原告から返還して来たものであり吉村、仲村は昭和二二年度までは地代を支払済であり、翌二三年度分は原告において受領を拒絶したので未払となつているのである。その後の地代はいずれも払つていないが、それは、後日取り消されはしたけれども、前述のように一旦本件宅地の売渡を受けたからにほかならず右地代不払をもつて端山等賃借人の責に帰すべき遅滞とはいえない。また原告主張の昭和二七年二月二四日付の解除の意思表示は、期間を定めてする催告を欠く一方的なものであり、この点からも解除の効力は生じない。

(2)(イ)  端山信道は田畑五反五畝を耕作し、そのうち売渡を受けた反別は畑三反一畝(実測面積三反二畝五歩)で家族は妻と子供一人(二才)の専業農家である。

(ロ) 仲村勇は田五反四歩、畑三畝九歩を耕作し、これは全部売渡を受けたものであつて、家族は妻と子供二人(三才と一才)の専業農家である。

(ハ) 吉村藤三郎は田一反一三歩、畑六畝一五歩(実測面積六反四畝一〇歩)を耕作し、これは全部売渡を受けたものである。同人は昭和一九年四月一日から駒ケ谷村役場の吏員として勤務していたが、以前から家族(妻と子供四人(一五才-一一才))と共に農業に従事していたもので第一種兼業農家である。しかも現在では吏員を辞めて農業に専従している。

(3)  右端山等三名はいずれも賃借地上の建物を所有する。

(三)  本件第一および第三の宅地は一筆の土地の一部であるがその範囲は別紙図面(黒線は地番の区画を、朱線は買収計画の対象となつた部分、すなわち第一および第三の宅地を示す)のとおりであつて特定している。

三、買収令書は適法に交付されている。

すなわち、本件買収令書は、最初駒ケ谷村農地委員会の小使が原告方へ直接持参交付したところ、原告から返送されたので、大阪府知事はさらに昭和二七年五月三一日に普通郵便で原告方に送達して交付した。

四、以上のように本件買収計画は適法であり、買収処分の無効事由もないから、原告の本訴請求は失当である。」

(証拠省略)

理由

第一、被告国との間で買収処分および売渡処分(原告が「国の買収」「国の売渡」というのは買収処分、売渡処分をそれぞれ意味するものと善解する)の無効確認を求める訴について。

行政事件訴訟特例法は行政処分無効確認の訴についての明文の規定を設けていないが、行政処分無効確認の訴についても、いわゆる抗告訴訟との類似性に鑑み、同法の規定が原則として適用され(ただし行政処分の公定力ないしは適法性の推定のあることから導かれる第二条、第五条、第一一条等は除く)、行政処分無効確認訴訟においても当該行政処分をした行政庁のみが被告適格を有すると解すべきである(当裁判所昭和二三年(行)第一九三〇一号、同三三年一二月五日判決、同二九年(行)第六七号、同三三年四月一日判決各参照)。したがつて買収処分ないし売渡処分の無効確認を求める訴訟は行政庁たる知事を被告として提起すべきものであり、被告国は被告適格を欠くから原告の右訴は不適法である(被告国に対して行政処分の無効確認を求める場合、当該行政処分によつて変動を受ける一定の法律関係の存否の確認を求める訴と善解する(たとえば買収処分の無効確認を所有権確認に)のが相当な場合もあるが、本件では買収処分ないしは売渡処分の無効確認のほかに所有権確認をすでに求めているから、かゝる善解を容れる余地もない)。

第二、被告国に対し抹消登記手続を求める訴について。

原告は被告国に対し、自創法第二九条による、買受人端山信道への所有権移転登記の抹消登記手続を求めるのであるが右抹消登記手続は、抹消登記義務者である登記名義人端山信道に対して求めるべきものであるから、同人を被告としなければならない。右登記の抹消登記義務者でない国を被告とする原告の右訴は、被告適格を欠く者に対する訴であつて不適法といわなければならない。

第三、被告羽曳野市農地委員会との間で買収計画の取消を求める訴および被告国との間で所有権の確認を求める訴について。

一、原告主張の一の事実は、大阪府知事が原告に買収令書を交付しなかつたとの点を除いて、当事者間に争いがない。

二、本件第一および第三の各宅地についての買収計画は買収の対象たる土地の範囲が特定しないとの主張があるのでまずこの点から判断する。

本件第一の宅地は大阪府南河内郡駒ケ谷村大字飛鳥字横田八〇四番地、田、三畝二〇歩(一一〇坪)の一部、第三の宅地は同所八〇九番地の一、田、六畝一六歩(一九六坪)の一部であることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第三号証(買収計画書)によれば、本件買収計画書には「南河内郡駒ケ谷村大字飛鳥字横田八〇四番地のうち一〇七坪」(第一の宅地)、「同所八〇九番地の一のうち一〇六坪五合七勺」(第三の宅地)なる旨の記載があつて、これに別紙として図面が添付されているが、この図面には買収申請人である端山信道、仲村勇、吉村藤三郎の氏名と、同人等に対する売渡土地の範囲、面積を示すものと推測される記載があるだけで、地番の表示やその区画を示すような記載はなにもないことが認められる。したがつてて、本件買収計画書自体からは、右図面を参考にしてみても、買収計画書に記載された八〇四番地のうち一〇七坪というのが、同番地一一〇坪という一筆の土地のいかなる部分であるのか、また八〇九番の一のうち一〇六坪五合七勺というのが、同番地の一、一九六坪という一筆の土地のいかなる部分であるかは全く判らない。それどころか、右図面に記載された坪数の合計は二七七坪五合七勺となり、買収計画書に記載された買収宅地(本件第二の宅地をも含む)の坪数の合計二五五坪五合七勺よりも二二坪も多くて、この誤差のために本件第一、および第三の各宅地の買収計画の対象となつた範囲がよけいに不明確になつているとすらいえる(もつとも成立に争いのない甲第三号証(乙第三号証の買収計画書の写、図面のほかに、売渡計画書の写が添付されたもの)のうち末尾に添付された売渡計画書の写によれば、端山信道に対する売渡宅地の合計坪数は一〇二坪三合五勺となつていて、このことから推して、右図面に記載された坪数のうち端山信道に関する一二四坪三合五勺とあるのは一〇二坪三合五勺の誤記であることが推認でき、そうだとすれば右図面に記載された坪数の合計は二五五坪五合七勺となつて買収計画書に記載された坪数の合計と一致する。しかしながら、これは右のように売渡計画書を総合考慮して初めて可能な推論であるし、しかもこのように図面の記載の誤記を訂正してみたところで図面に地番の表示がない以上、なお買収計画の対象となつた宅地の範囲の特定に不充分であることには変りはない)。

買収手続をするにあたつては、買収の対象たる土地の範囲を特定しなければならないことはいうまでもない。そして、この特定は、買収計画にあつては買収計画書自体において、買収処分にあつては買収令書自体において、原則として、明確になされることを要する。本件買収計画書には図面が添付されているが、図面の記載が不充分なために、買収計画書だけではその対象となる土地の範囲が特定しないことは前に判示したとおりである。たゞ、本件の場合にあつては、買収計画書に添付された図面には、地番の記載土地区画の表示等直接に一筆の土地の一部分を特定するに足る記載はないけれども、買収申請人の氏名(これらの買収申請人が本件各宅地の賃借人であることは当事者間に争いがない)と、同人等に対する売渡土地の範囲と面積-したがつて、同人等の賃借部分を意味するものである可能性はかなりあるわけである-を示すと推測される記載はあるので、このことから関接的に土地の特定を考える手がゝりは残されている(つまり、もしたとえば、右のような買収申請人と、坪数の記載が、同人等の原告から賃借している宅地の坪数と一致し、したがつて右図面の表示は結局買収申請人の賃借宅地の全体を指すものであると認められるならば、原告は賃貸人として、賃貸宅地の範囲を充分諒解しているはずであるから、同時に本件買収計画においてその対象となつた土地の範囲を知りえることになり、また駒ケ谷村農業委員会においても右の趣旨で買収計画の対象とした土地の範囲を諒解していたともいえるであろう。このような意味で、特定の認められる場合は考えられるのである)。このように、買収計画書に、きわめて不完全ではあるが土地の範囲の特定に関する客観的な資料として一応図面が添付されている本件の場合にあつては、これを手がゝりに買収計画の対象となつた土地の範囲が、買収計画当時の事情のもとで少なくとも関係当事者間では明確に看取できたと認められるならばば、そのような特定は、特定の方法としては妥当を欠くうらみは免れないにしても、結局この点についての違法は免れると解する余地は残されている。

そこでさらに進んで、買収手続当時の事情のもとで、買収の対象たる第一および第三の各宅地の範囲が関係当事者間で疑いを容れない程度に明確であつたかどうかを考える。

右八〇四番地一一〇坪のうち原告が端山信道および吉村藤三郎に賃貸していた部分の面積はそれぞれ三〇坪と五五坪、合計八五坪であること、右八〇九番地の一、一九六坪のうち原告が端山信道、仲村勇、および吉村藤三郎に賃貸していた部分の面積がそれぞれ二七坪三合、六八坪および三六坪、合計一三一坪六合であることはいずれも当事者間に争いがない。これは買収計画書に表示された八〇四番地のうち一〇七坪、八〇九番地の一のうち一〇六坪七合五勺というのはいずれも坪数が一致しない。したがつて、原告と端山信道、仲村勇、吉村藤三郎との間の賃貸借契約の目的である宅地の坪数、範囲を参考にしてみても、買収の範囲が関係当事者間に疑いを容れない程度に明確であつたとはいゝ難い。かえつて右のような事実に弁論の全趣旨(当裁判所の現場検証に際し、被告委員会訴訟代理人においてすら買収部分を指示できなかつたことや、被告等は買収部分が別紙図面のとおりであると主張するが、その援用する図面の表示自体買収部分の特定を欠くばかりか、被告等の主張と矛盾した図面である(別紙図面によれば端山信道の賃借部分に八〇九番地の一、八〇四番地は全く含まれていない)ことなど)を総合して判断すると、買収の対象たる土地の範囲は関係当事者間においても明確でなかつたと認めるに難くない。

なお、成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし八によれば、八〇四番地、田三畝二〇歩(一一〇坪)土地は昭和二七年五月一四日に、八〇四番地の一、田二五歩(別紙物件表その二の第一、(1))同番地の二、宅地二九坪八合九勺(田一畝歩地目変換大量減)、(同第一、(2))同番地の三、宅地五四坪九合(田一畝二五歩地目変換丈量減)(同第一、(3))の三筆に、八〇九番地の一、田六畝一六歩の土地は、同年同月同日八〇九番地の一、田二畝五歩内畦畔二歩、別紙物件表その二の第三、(1))同番地の三、宅地二七坪三合(田二七歩地目変換丈量増)(同第三、(2)同番地の四、宅地三六坪三合(田一畝六歩地目変換丈量増)(同第三、(3)同番地の五、宅地六七坪八合六勺(田二畝八歩地目変換丈量減)(同第三、(4))の四筆にそれぞれ分筆登記がなされていることが認められ、右八〇四番地の二と同番地の三の坪数合計八四坪七合九勺は、当事者間に争いのない、もと八〇四番地のうちの賃貸坪数合計八五坪と一致し、また右八〇九番地の三、同番地の四と同番地の五の坪数合計一三一坪四合六勺は当事者間に争いのない、もと八〇九番地の一(田六畝一六歩、一九六坪)のうちの賃貸坪数合計一三一坪三合と一致している(地目変換丈量増減量の誤差はあるが)のである。しかしながらこのような買収計画後の土地の分筆を考慮することの是非はともかくとして、これを考慮してもなお、本件第一の宅地の買収坪数一〇七坪、第三の宅地の買収坪数一〇六坪五合七勺という坪数とその部分がどこにあたるかを導き出すことは不可能であり、買収計画当時において第一および第三の宅地の買収範囲不特定のかしがなかつたものとさかのぼつて認めるにたらないのである。

以上のように、本件第一および第三の各宅地に対する買収計画は、買収の対象たる土地の範囲を特定できないものであるから違法であり、取り消されるべきものである。

三、次に本件第二の土地についての買収計画が適法であるかどうかを判断する。

自創法第一五条によつて宅地を買収するためには、当該宅地が、自創法により農地の売渡を受けた者の、右売渡を受けた農地の経営のために必要なものでなければならないが、本件第二の宅地が端山信道の売渡を受けた農地の経営のために必要なものであることについては、本件に現われた全証拠を検討してもこれを認めることが困難である。そうすると、抗告訴訟においては被告たる行政庁に適法性の主張立証責任があると解するから(当裁判所昭和三一年(行)第一四号昭和三四年一二月二四日判決参照)、本件第二の宅地についての買収計画は自創法第一五条に定める要件を満たさない宅地に対してなされたものとして、この点において違法であり、取り消されるべきものであると判断せざるをえない。

四、以上の判示のとおり本件各宅地についての買収計画は違法であり、取り消されるべきものであるから、これに基づいてなされた本件買収処分は無効であり、原告は別紙物件表その二記載の各土地について依然として所有権を有することになる(従前の八〇四番地の土地および八〇九番地の一の土地が、昭和二七年五月一四日に別紙物件表その二の第一(1)、(2)、(3)および第三(1)、(2)、(3)、(4)の各土地に分筆されたことは前に認定したとおりである)。そして本件第一および第三の各宅地についての買収計画は買収の対象たる土地の範囲が不明確であつたのであり、これに基づいた買収処分もこの不特定のかしを承継することになるから、原告は別紙物件表その二の各一筆の土地の全体についていずれも確認の利益を有すると解すべきである。

第四、よつて原告主張のその余の違法無効事由について判断するまでもなく、被告委員会との間で本件買収計画の取消を求め被告国との間で所有権確認を求める原告の各請求はいずれも正当であるからこれを認容し、その余の訴は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

(別表省略)

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